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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3217号 判決

控訴人 岩崎哲二

控訴人 高山康

右両名訴訟代理人弁護士 松尾敏夫

被控訴人 八千代信用金庫

右代表者代表理事 新納太郎

右訴訟代理人弁護士 坂本健之助

浅野晋

原勝己

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1. 原判決三枚目表八行目の「岩崎企業株式会社、」の次に「振出地、東京都渋谷区、」を加える。

2. 同四枚目表三行目の「一つ」を「一部」と、同裏八行目の「最抵競売価格」を「最低競売価額」とそれぞれ改める。

3. 同五枚目表七行目の「競落価格」を「競落価額」と、同行目の「最低競落価格」を「最低競売価額」とそれぞれ改める。

4. 同六枚目表初行の「四、五、六」を「四ないし六」と、同裏五行目から六行目にかけての「瓦葺亜鉛メッキ鋼板葺」を「瓦、亜鉛メッキ鋼板交葺」とそれぞれ改める。

理由

一、請求原因一、二及び四ないし六の各事実は、当事者間に争いがない。

二、同三及び七の各事実は、成立に争いのない甲第二一ないし第二三号証、原審証人山下健速の証言により成立を認めうる甲第一二号証の一、二及び右証言によって認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、同八の事実は、敷金一〇〇〇万円の定めを除き、当事者間に争いがない。そして、本件賃貸借における敷金一〇〇〇万円の定めは、いずれも原本の存在と成立に争いない甲第七号証(賃貸借取調報告書)及び同第九号証(鑑定評価書)に右旨の各記載があるが、控訴人らは否認しており、控訴人岩崎本人は原審における当事者尋問でも明白に敷金の受取りを否定しているので、右各記載のみでは授受につき肯定の心証を得ることはできず、他に証拠もないから、結局これを認めることができない。

四、そこで、本件賃貸借が本件根抵当権及び本件抵当権に損害を及ぼすか否かについて判断する。

1. まず、本件控訴審の口頭弁論を終結した昭和五七年八月五日現在の本件不動産の価格について検討する。

(一)  本件不動産の価格に関する証拠として、酒井秀夫の評価(以下「酒井評価」という。)と池谷邦夫の評価(以下「池谷評価」という。)がある。酒井評価は、本件不動産の競売手続において東京地方裁判所八王子支部裁判官の命により酒井が昭和五四年一〇月二日付で同裁判所支部に提出した鑑定評価書(前記甲第九号証)であり、池谷評価は、控訴人岩崎の依頼により池谷が昭和五五年五月一五日付で同控訴人に提出した不動産鑑定評価書(成立に争いない乙第一号証)とその説明書(原審証人池谷邦夫の証言により成立を認めうる乙第四号証及び池谷の説明(同人の原審証人尋問における供述)である。なお、原審証人山下建速も本件不動産の価格について供述しているが、同人は不動産評価の専門家ではないので、右供述は参考にしない。

(二)  酒井評価及び池谷評価によると、原判決添付物件目録五記載の建物は控訴人岩崎が居住していて、同目録一及び三記載の各土地並びに四記載の土地のうち一五・五四平方メートルを敷地とすること、同目録六記載の建物は共進電子工業株式会社が昭和五三年一〇月から三年間の期限で賃借し、倉庫として使用していて、同目録四記載の土地のうち六三・〇〇平方メートルを敷地とすること、同目録七記載の建物は高山康所有であるが、昭和五四年一二月一七日共進電子工業株式会社のために所有権移転登記がなされていて、同目録二記載の土地及び四記載の土地のうち七六・五〇平方メートルを敷地としていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  本件不動産のうち土地の昭和五四年八月二七日現在の一平方メートル当りの更地価格は、酒井評価によれば一二万円であり、池谷評価によれば一五万二五八六円である。酒井評価は近隣の取引事例と公示価格(東大和市清水四丁目九四二番地五住宅地一五四平方メートルの昭和五四年一月一日の公示価格は七万五五〇〇円である。)から算定したものであるが、近隣の取引事例の具体的内容は不明である。また、池谷評価は取引事例比較法により算定したもので、利用した取引事例の具体的内容が明らかにされているが、右内容の正確性や事情補正・時点修正・標準化補正・地域格差等の操作要因の妥当性を確認する資料はない。従って、酒井評価と池谷評価の各内容を比較してもいずれが正当であるかを決することはできないものの、酒井評価は裁判所の手続において利害関係のない評価人としてなされたものであること、池谷評価は本件訴訟係属後に控訴人岩崎の依頼によりなされたものであること、池谷は酒井評価を検討したにもかかわらず更地価格の算定については原審の証人尋問において何の批判も加えていないことを考慮すると、酒井評価を採用して、前記更地価格を一二万円とみるのが相当である。そして、昭和五七年八月五日現在の一平方メートル当りの更地価格は、右昭和五四年八月二七日現在の更地価格と、公示価格が昭和五四年一月一日から昭和五七年一月一日までの間に約一・五倍になったこと(前記清水四丁目九四二番地五は昭和五七年の公示価格がないので、右土地と諸要因の類似した中央一丁目五九三番地六住宅地一五一平方メートルについてみるに、昭和五四年一月一日の公示価格は八万九〇〇〇円、昭和五七年一月一日の公示価格は一三万一〇〇〇円であり、右期間に約四七パーセント上昇している。右公示価格は当裁判所に顕著な事実である。)とを勘案すると、一八万円とみるべきである。

(四)  原判決添付物件目録五記載の建物の昭和五七年八月五日現在の価格(借地権価格を除く。)は、酒井評価によれば昭和五四年八月二七日現在で八九六万四二〇〇円であり、池谷評価によれば右同日現在で九二九万七〇〇〇円であるが、右同日から昭和五七年八月五日までの間に建物が経年により減耗し、建物建築費が上昇したことを総合考慮すると、八〇〇万円とみるのが相当である。また、同目録六記載の建物の昭和五七年八月五日現在の価格は、酒井評価によれば昭和五四年八月二七日現在で三六万三四〇〇円であり、池谷評価によれば右同日現在で三六万六〇〇〇円であるが、右同日から昭和五七年八月五日までの間の前同様の変動を総合考慮すると、三二万円とみるのが相当である。

(五)  以上認定したところから、原判決添付物件目録一及び三記載の各土地、四記載の土地のうち一五・五四平方メートル並びに五記載の建物の昭和五七年八月五日現在の価格は、次のとおり合計五一四五万円(万円未満切捨)である。

(54.84+171.04+15.54)×180,000+8,000,000=51,455,600

(六)  同様に、同目録四記載の土地のうち六三・〇〇平方メートル及び六記載の建物の昭和五七年八月五日現在の価格は、右建物に共進電子工業株式会社が有していた賃借権は昭和五六年一〇月期間が満了して消滅したが、共進電子工業株式会社が右建物から退去していると認めるべき証拠もないので、右土地建物は右事情により通常より八パーセント減価していると認め、次のとおり一〇七二万円(万円未満切捨)である。

(63.00×180,000+320,000)×(1-0.08)=10,727,200

(七)  同じく以上認定したところから、原判決添付物件目録二記載の土地及び四記載の土地のうち七六・五〇平方メートルの昭和五七年八月五日現在の更地価格は、次のとおり一八〇〇万円である。

(23.50+76.50)×180,000=18,000,000

そして、右土地に本件賃貸借があり、その期間は昭和五八年一二月満了すること、右土地上に同目録七記載の建物が存在することに配慮すると、右土地は右事情により通常より二五パーセント減価していると認め、次のとおり一三五〇万円である。

18,000,000×(1-0.25)=13,500,000

(八)  してみれば、本件不動産の昭和五七年八月五日現在の価格は、(五)・(六)・(七)を合計して七五六七万円である。酒井評価及び池谷評価中以上の判断と牴触する部分は採用できず、他に右判断を覆すに足りる証拠はない。

2. 本件不動産によって担保されている債権の配当関係を検討するに、競売費用は別論として、先ず、本件抵当権の被担保債権である貸金の元本三〇〇〇万円及びこれに対する年一八パーセントの割合による損害金のうち最後の二年分である一〇八〇万円の合計四〇八〇万円が優先して配当され、次いで、本件根抵当権の被担保債権が極度額三五〇〇万円の範囲で優先して配当されるべきであるところ、右両者の合計七五八〇万円は、既に認定した本件不動産の価格七五六七万円を超えている。そして本件不動産の価格が右金額となったことの原因には、本件賃貸借の存在により通常より減価したことも含まれていることは、既に認定したとおりである。従って、本件賃貸借は、その余の事実について判断するまでもなく、本件根抵当権の権利者たる被控訴人に損害を及ぼしているというべきである。なお、本件根抵当権の被担保債権の一である被控訴人が昭和五二年一二月一四日岩崎電子株式会社に対してなした二〇〇〇万円の手形貸付について、被控訴人が小嶋政男の所有不動産に抵当権を設定したことを控訴人らは主張しているが、民法第三九五条但書を適用するに際して抵当権者が他の物件に共同担保権を有することを考慮する必要はないと解せられるので、右主張は失当である。

五、よって、民法第三九五条但書により本件賃貸借の解除を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、認容すべきものであるから、趣旨を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する次第である。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 大島崇志)

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